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2011年8月13日 (土)

妻のレーシック

以前のブログの中で、妻が最近受けたレーシック手術に関して、ご紹介すると書きました。術後ひと月を経過し、その後の目の状態まで併せてご紹介します。

『レーシック』、それは夢のような手術です。本当にものの10分しない時間で近視が治り、物が見えるようになる。まだまだ料金は安価とは言えませんが、眼鏡・コンタクトだけでなく、洗浄液や保存液、度が進んだ場合の眼鏡等の買い替えを考えると、案外高いとは言えないのかもしれません。一方、手術の際の消毒不足や雑菌の混入から、失明したという新聞記事が出たりと、発展途上の手術とも言えるのかもしれません。

我が家の奥さまは、小学生時代から急激に近視になり、それに乱視も加わり眼鏡、コンタクトが欠かせない生活グッズとなっておりました。そして最近はそれに遠視(早い話が老眼)まで重なっております。ちなみに二人の子供達も、やはり近視です。

昨年、長女にレーシックをと思い、福岡まで出向いたのですが、角膜の状態が悪く手術できませんでした。それから、レーシックが我が家の身近な問題として浮上したのです。

私、聞いている話ではレーシック手術をすると、様々な問題が全て解決すると思っていたのです。

でも違いました。それでは大袈裟にレーシックの手術の真実を、妻の手術を通してお教えします。

つまり、レーシックとは近視の矯正手術であって、全てに有効である訳ではないと言うことなのです。妻の場合をお話しましょう。

妻は音楽やスポーツ・野外活動を楽しむにつけ、小学生時代からの近視と乱視で何かと制限やひと手間がかかる煩わしさをおぼえていました。満開の桜も満天の星空も、眼鏡やコンタクト無しには見ることが出来なかったのです。妻にとって、素晴らしい景色を裸眼で見ることは悲願だったのです。そして寄る年波に視力も落ち、「体調や日照、照明によって見え難さが増す」と、色々つけ直し掛けかえてみるものの、思うようにはスッキリ見えはしない、と落ち込んでいたようです。生まれてこの方、目で苦労した事のない私には、中々理解できない事でした。

レーシック手術を受けると決めた妻は、決意も強く病院を予約し、その日に備えました。実を言うと妻は、病院嫌い、注射嫌いで、自分で病院を予約するなんて生まれて初めてのことだったのではないでしょうか。

いよいよ診察の日、当然のように付き添いを頼まれた私は、車を運転し病院へ向かいます。かなりの待ち時間の後、いよいよ診察です。この診察はレーシック手術が可能かどうかの診察であって、通常の眼科の診察とは異なります。診察中は中に入ることは出来ず、詳細は解りませんが、とりあえず痛さを伴うものでは無かったようです。

診察室から出て、診察結果と手術の可能性に関し、医師よりの説明があったのは昼前になっていました。

恐る恐る妻と共に医師の前へ座ると、手術は可能との事。一安心です。

続いて、レーシック手術のやり方と結果についても説明を受けたのです。その時私は初めて知りました。レーシックで妻の長期間に亘る眼鏡やコンタクトとの付き合いに終止符が打てるものと思っていたのですが、おっとどっこい、近視や軽度の乱視はこの手術によって矯正されるが、老眼は治らないと言うことを知りました。つまり手術を受けても、眼鏡と縁を切ることは出来ないのです。

詳細な説明を受けた後、午後早速、手術していただけると決定。いよいよです。

今回は長くなるのでここまで。次回に手術後現在に至るまで一挙大公開です。

明日からお盆に入ります。昔は胡瓜や茄子で牛や馬を作り、迎え火を焚いて先祖の霊をお迎えしました。昨今はそのような光景を見ることも少なくなりましたね。昔から続く日本の情景が消えていくようで寂しい気がします。そして学生の皆さん、夏休みも残り2週間ちょっとです。宿題の追い込みに掛かりましょう。と言っても私もまだまだと遊んでいたような気がします。

それでは皆さん次回を待っていて下さい。

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